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  伊予大洲(1回目)(齋藤滋子)
   
 

 


木野孔司東京医科歯科大学准教授
とサイトウ歯科の院長齋藤博の共著。
(¥1512) 詳しい説明と購入法

 

 

 

誰もが持っている自分だけの場所。そんな心の中にある思い出の場所の話をしてみようと思います。

 私の郷里、伊予大洲は、盆地の真ん中を肱川(ひじかわ)が流れる、伊予の小京都と言われる所です。肱川は、夏には屋形船が出て鵜飼いが行われるような美しい川です。昔は現在の状況と違って、もっと水が澄んでいて、亀がいたり、川辺の砂利を手で掘るとシジミが取れたりしたものです。小学校にはプールがなかったので、夏の水泳の授業は、肱川で行われていました(下の写真)。

 夏休みの午後には、10日間程の水泳学校が開かれ、泳ぎの好きなおじさんたちが先生になって、たくさんの子供たちに泳ぎを教えてくれました。我が家は肱川のすぐそばにありましたので、家から水着を着たまま河原を走って行ったものです。肱川の流れはそれ程急でもなく、浅瀬も深場もあり、子供たちの泳ぎのレベルによって班分けされ、練習する場所は選ばれていたようです。習い始めの頃は、岸辺に両手をついてのバタ足練習や、もぐって川底の石を拾ったりすることでした。次第に水に慣れてくると、面つき亀泳ぎ(犬かきと同じようなもの)、横泳ぎと、深場でも泳げるように訓練されてゆきました。そして上級になった時には、生徒の数も減るので、川の向こう岸に渡ったり、数メートルもある城山の大岩や木の枝から飛び降りたりと、現在では考えられないような大胆なことをさせてもらったものです。水泳学校の最終日は水泳大会でした。先生が川の中に小皿や茶碗を投げ入れて、いっせいにとりに行く宝探しが恒例行事でした。“このあたり”と思っても流れがあるので宝の場所がわからなくなってしまい、いやがおうにも深くもぐって目をあけなければいけませんでした。水泳学校も、肱川も、本当に大好きでした。

 小学校5年の時、神伝流をもっと習わないかと誘われて、そこで初めて、神伝流を意識するようになりました。今まで水泳教室で教えてもらっていたのは、クロールや平泳ぎのような近代泳法ではなく、川ならではの伝統的な古式泳法だったのです。大洲は神伝流、正確には神伝主馬流(しんでんしゅめりゅう)の発祥の地です。言い伝えによると、江戸時代、大洲藩主加藤貞泰の重臣加藤主馬光尚が川辺を歩いていた時、柳の枝が流転漂浪するのを見て深く悟り、泳法を創始したと言われています。その後、大洲藩の武術として受け継がれ、松山、岡山、倉敷、東京・・・と、全国に広まっていきました。古式泳法には、神伝流の他に鹿児島の神統流から水戸の水府流まで全国に12の流派が伝えられています。そして、毎年夏になると、全国の古式泳法の精鋭が集って日本水泳連盟主催による日本泳法大会が開かれています(写真1)。

 日本泳法大会は、オリンピックのように速さを競うのではなく、各流派の型の正確さや泳ぎの美しさなどを競う大会です。順位の決定は、50メートルプールの脇で20人程の審査員が見ている前を、一人ずつ泳いで点数がつけられることによって決まります(写真2)。私も、この日本泳法大会にでるために、特訓が始まりました。次へ

  
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